総 論
1-1 本ガイドラインの目的
   膠芽腫(glioblastoma)に罹患している個々の成人症例において,適切な治療方針を検討するうえで必要となる重要な臨床事項を臨床的疑問(clinical question:CQ)として提示し,現時点でのエビデンスに基づく推奨事項を述べる。
1-2 対象患者
  膠芽腫に罹患した成人患者。
1-3 利用対象者
  脳腫瘍診療に従事する医師。
1-4 成人膠芽腫の概括
  1. 膠芽腫の定義
 神経膠腫は神経細胞の支持組織であるグリア細胞から発生すると考えられている原発性脳腫瘍であり,神経膠腫の内訳としては星細胞腫が神経膠腫の約80%を占める1)
 WHO分類においては,原発性脳腫瘍はその病理組織学的な悪性度と予後の組合せによって良い方から悪い方へgradeⅠ~gradeⅣに細分類されるが,膠芽腫はgradeⅣの星細胞腫に相当する。膠芽腫は,1931年にPenfieldによって命名された。GradeⅠおよびⅡの星細胞腫はあわせて分化型星細胞腫と呼ばれるのに対し,歴史的にはgradeⅢ(退形成性星細胞腫)およびⅣ(膠芽腫)をあわせて悪性神経膠腫(malignant glioma)と呼ばれることもある。過去の多くの臨床研究においてこのgradeⅣ(膠芽腫)およびⅢ(退形成性星細胞腫),退形成性乏突起膠腫や退形成性乏突起星細胞腫が悪性神経膠腫(malignant glioma)という用語のもとに同時に扱われている2)
 膠芽腫単独では頭蓋内腫瘍の約10%を占め,多くは成人に発生する。年代別では50~60歳に多く発生し,やや男性に多い。好発部位は大脳半球で,前頭葉に最も発生しやすい。脳実質への強い浸潤性格を有し,脳梁を介して反対側の大脳白質への進展もある。組織学的には,細胞密度が高く,円形,紡錘形などさまざまな形態を示す細胞がみられる。腫瘍細胞の核には,クロマチンの増量,大小不同,多核,巨核があり,核分裂像も多数認められる。大小の壊死像があり,壊死巣周囲の核の偽柵状配列(pseudopalisading)は特徴的な構造である2)。その臨床経過によって,前病変なく発生する原発性膠芽腫(primary glio-blastoma)とgradeⅡやⅢの神経膠腫から悪性転化する形で膠芽腫と診断される続発性膠芽腫(secondary glioblastoma)に区別され,前者はやや高齢者に多い傾向がある2)。病理形態学的に両者の鑑別は困難であるが,遺伝子異常のパターンをみるとかなり明確な違いがあり,特にクエン酸回路に関与する酵素であるisocitrate dehydrogenase 1/2(IDH1/2)をコードするIDH1/2遺伝子の変異は原発性膠芽腫では稀で,続発性膠芽腫の多くでみられることが近年明らかになっている3,4)
 膠芽腫は標準治療が可能な患者においてさえ,生存期間中央値が14.6カ月であり,ほぼ治癒不能な疾患である1)。長い間,術後放射線治療が生存期間を有意に延長させる唯一の治療方法であり,化学療法は生存期間延長に寄与しない,あるいはわずかに延長させるだけであるとされてきた5)。しかし2005年に発表されたランダム化比較試験において,テモゾロミド(temozolomide)の放射線治療との併用とその後の維持療法の有効性が認められ,テモゾロミド化学療法が広く行われるようになった6)
  2. 膠芽腫の予後因子
 Report of Brain Tumor Registry of Japan(2001-2004)によれば,膠芽腫の5年生存割合は10%程度である1)。Curranらは,米国Radiation Therapy Oncology Group(RTOG)の臨床試験に登録された1578例の悪性神経膠腫の背景因子と治療因子をrecursive parti-tioning analysis(RPA)によって分析した。予後に影響する因子として,組織型(grade),年齢,手術摘出度(亜全摘vs部分摘出),術前の全身状態(Karnofsky performance status:KPS, mental status, symptomatic time),照射線量,術後の全身状態を挙げている7)。RTOGはさらに膠芽腫に絞って症例を追跡し,1,672例について解析した結果を2011年に発表した8)。この解析ではoriginalのRPAクラスⅤとⅥを新しいクラスⅤにまとめて単純化した結果,①年齢,②術前の全身状態(KPS),③手術摘出度,④術後の全身状態,の4項目のみでの分類となっている(図1)。RPAクラスⅢ,Ⅳ,Ⅴの各群における生存期間中央値は,それぞれ17.1カ月,11.2カ月,7.5カ月であり,各群間で生存期間は統計学的有意差がある8)
 近年は腫瘍の遺伝子解析による予後因子に関する報告も多く,その代表的なものとしてはDNA修復酵素O6—methylguanine—DNA methyltransferase(MGMT)をコードするMGMT遺伝子のプロモーター領域メチル化と予後との相関が挙げられる。MGMTはDNAアルキル化薬(ニトロソウレア系薬剤,DNAメチル化薬)によるDNA修飾を修復する酵素であるが,その遺伝子のプロモーター領域にCpG—islandがあり,ここがメチル化されるとタンパク発現が抑制される。Estellerらはカルムスチン(carmustine:BCNU)の治療を受けた神経膠腫患者において腫瘍DNAを解析し,MGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化が化学療法後の腫瘍の縮小と,全生存期間および無増悪生存期間の延長に相関していることを報告し,MGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化が他の影響を受けない独立した予後因子であり,かつ年齢や一般状態(performance status:PS)よりも強い予後因子であることを報告した9)。現在,膠芽腫治療において広く使用されているテモゾロミドもアルキル化薬であることから,Hegiらは,Stuppらが行った臨床試験においてMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化を検索した。全登録症例573例中307例で検体が集められ,うち206例でメチル化の有無が検出された(全体の36%の症例)。206例中45%の腫瘍においてMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化が確認された。メチル化症例のうちテモゾロミド治療群の生存期間中央値は,21.7カ月であり,放射線治療単独群の同中央値15.3カ月に比べて統計学的な有意差が証明された10)。一方,非メチル化症例群では,テモゾロミドの有無による全生存期間の差は小さく,有意差はなかった。
 また,Riveraらは,後方視的なデータ解析ではあるが,初発膠芽腫225例のMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化を解析した。DNAアルキル化薬以外による治療を受けた症例,つまり,放射線単独治療においてもMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化の有無が生命予後と関係することを示した11)。その後も数多くの研究においてMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化の有無が予後と相関することは示されているが,その機構が本当にMGMT遺伝子発現の抑制を介するものなのかどうかなど,その詳細は今後の研究結果を待たなければならない。神経膠腫におけるMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化は,ニムスチン(nimustine:ACNU)やテモゾロミドを含むアルキル化薬に対する腫瘍の治療効果の有用な予測因子のみならず,放射線治療も含めた予測因子もしくは予後因子の一つである可能性も議論となっている。ただしMGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化を判定する方法はさまざまなものが提唱されており,標準化された手段はないことも記憶に留める必要がある。
 成人膠芽腫22例について,2万個以上の遺伝子が網羅的に解析された結果,先に述べたIDH1遺伝子変異が膠芽腫の12%に認められることが発見された。詳細にみると,この遺伝子異常は続発性膠芽腫の大多数に認められるが,原発性膠芽腫にはこの変異はほとんど観察されないことが判明した。また,IDH1遺伝子変異のある膠芽腫は変異のない膠芽腫に比べて生存期間が有意に長く,IDH1遺伝子変異も有用な予後因子であることが判明している3,4)
 米国で推進されているThe Cancer Genome Atlas(TCGA)projectの一つとしてPhillipsらは,260例の初発膠芽腫について遺伝子発現のプロファイリング解析を施行し,4つのパターンproneural, neuronal, classical, mesenchymalに分類できることを提唱している。この中で,神経細胞の発生に関わる遺伝子の発現が亢進しているタイプ(proneural)が,より長い生存期間を示すことを報告した12)
 Noushmehrらは,やはりTCGA projectの一環として272例の膠芽腫について,全ゲノムのメチル化の状態を解析し,多数の遺伝子のプロモーター領域においてメチル化が認められる一群があることを示し,これをglioma—CpG island methylator phenotype(G—CIMP)と名付けた。G—CIMPは,遺伝子発現におけるproneuralタイプと臨床的な続発性膠芽腫にかなり重複することが見出されており,さらにIDH1遺伝子変異とも密接に相関していることが示唆されている13)

図1 膠芽腫に対するRecursive Partitioning Analysis(文献5より改変)
1-5 フローチャート
1-6 CQと推奨の一覧
 
Clinical Question 推奨 推奨グレード
CQ1 成人初発膠芽腫に対する手術療法はどのような意義があるか? 膠芽腫では,手術後の一般状態が良い場合において,手術による摘出度が高いほど,無増悪生存期間と全生存期間の改善がみられる。 C1
CQ2 成人初発膠芽腫に対する放射線治療はどのような意義があるか? 推奨1 70歳以下の成人初発膠芽腫に対し,放射線治療を行う。照射方法は総線量60 Gyを6週間かけて行う(1日1回2 Gy,5日間/1週間)。 A
推奨2 成人初発膠芽腫に対する放射線治療として追加および単独での定位放射線照射を行わない。 C2
CQ3 成人初発膠芽腫に対する化学療法の種類と意義はどのようなものがあるか? 推奨1 18歳以上70歳以下の成人初発膠芽腫患者に対して,手術後,経口内服薬テモゾロミドを放射線治療期間中,ならびに放射線終了後投与する(Stuppプロトコール)。 A
推奨2 Stuppプロトコール治療を遂行中,放射線治療終了後に偽増悪(pseudoprogression)が示唆される場合はテモゾロミド維持化学療法を継続する。 C1
推奨3 初発または再発悪性神経膠腫に対するテモゾロミド治療において,適宜ニューモシスチス肺炎に対する予防処置を行う。 C1
推奨4 初発または再発悪性神経膠腫に対するテモゾロミド治療を行う場合,血清中のHBs抗原,HBc抗体,HBs抗体を測定し,肝臓専門医や内科医と相談して,その患者のB型肝炎状態に応じた対応を適切に行う。 C1
推奨5 初発成人膠芽腫に対してニムスチン単剤あるいはニムスチンを含む化学療法を用いる。 C1
推奨6 成人初発膠芽腫患者に対して,Stuppプロトコールへのインターフェロン-βの併用投与を行わない。 C2
推奨7 成人初発膠芽腫手術においてカルムスチン徐放性ポリマーを留置する。 C1
推奨8 成人初発膠芽腫患者に対して,Stuppプロトコールにベバシズマブの併用を考慮してもよい。 C1
CQ4 悪性神経膠腫(初発・再発)を含めた悪性脳腫瘍に対して,開頭腫瘍摘出術の際のタラポルフィンナトリウムと半導体レーザを用いた光線力学的療法は有効か? 悪性神経膠腫(初発・再発)を含めた悪性脳腫瘍に対して,開頭腫瘍摘出術の際のタラポルフィンナトリウムと半導体レーザを用いた光線力学的療法を考慮してもよい。 C1
CQ5 膠芽腫に対する,交流電場腫瘍治療システム(NovoTTF-100Aシステム)の使用は有効か? 初発テント上膠芽腫に対して手術と化学放射線療法の初期治療後,化学療法の維持療法時に交流電場腫瘍治療システム(NovoTTF-100A システム)の使用追加を考慮する。 B
CQ6 成人再発膠芽腫に対する治療はどのように行うか? 推奨1 症例によっては,再発膠芽腫に対して再手術を考慮してもよい。 C1
推奨2 成人再発膠芽腫に対して全身・局所化学療法を考慮してもよい。 C1
推奨3 成人再発膠芽腫治療において局在した病変の制御を目的として,定位放射線照射を考慮してもよい。 C1
CQ7 高齢者初発膠芽腫に対して手術後どのような治療が推奨されるか? 推奨1 高齢者においても,テモゾロミドを併用した化学放射線療法を考慮する。 B
推奨2 高齢者における放射線治療では,線量の減量と照射期間の短縮を考慮する。 B
推奨3 高齢者において,MGMT遺伝子プロモーター領域メチル化症例はテモゾロミド単独療法を考慮してもよい。 C1
推奨4 高齢者において,化学療法が困難な場合,放射線単独療法を考慮する。 C1
1-7 ガイドライン統括委員会
 本ガイドラインの作成にあたり、特定非営利活動法人 日本脳腫瘍学会脳腫瘍診療ガイドライン拡大委員会はガイドライン統括委員会の役割を果たしている。日本脳腫瘍学会脳腫瘍診療ガイドライン拡大委員会の構成委員と所属は別に記す。
1-8 成人膠芽腫ガイドライン改訂working group
氏名 所属機関/専門分野 作成上の役割
青木 友和 京都医療センター 脳神経外科/脳神経外科 委員
荒川 芳輝 京都大学大学院医学研究科 脳神経外科学/脳神経外科 委員
唐澤 克之 都立駒込病院 放射線診療科/放射線治療科 委員
佐々木 光 慶應義塾大学医学部脳神経外科 委員
田宮  隆 香川大学医学部 脳神経外科/脳神経外科 委員
武笠 晃丈 熊本大学医学部 脳神経外科/脳神経外科 委員長
村垣 善浩 東京女子医科大学先端生命医科学研究所脳神経外科 委員
1-9 利益相反
特定非営利活動法人 日本脳腫瘍学会脳腫瘍診療ガイドライン拡大委員会の構成委員、ガイドライン改訂working group委員の利益相反は別に開示する。
1-10 改訂予定
2021年3月に改訂を行う予定である。
1-11 文献検索
2017年4月の時点までのMEDLINEにて,gliomaあるいはglioblastomaを含むキーワードに文献検索を行った。これら機械的文献検索以外に委員によるハンドサーチでの重要文献の追加も適宜行った。そこから,各CQに対して,エビデンスのあるまたは臨床上重要な情報を提供すると考えられた論文を抽出した。
◆文  献
1) Report of Brain Tumor Registry of Japan(2001—2004). 13th Edition. Neurol Med Chir (Tokyo). 2014; 54(Suppl): 1—102
2) Kleihues P, Burger PC, Aldape KD, et al. Glioblastoma. In Louis DN, Ohgaki H, Wiestler OD, Cavenee WK(eds.):Pathology & Genetics of Tumours of the Central Nervous System. Lyon, IARC, 2007. pp33—49.
3) Parsons DW, Jones S, Zhang X, et al. An integrated genomic analysis of human glioblastoma multi-forme. Science. 2008;321(5897):1807—1812.
4) Yan H, Parsons DW, Jin G, et al. IDH1 and IDH2 mutations in gliomas. N Engl J Med. 2009;360(8):765—773.
5) Stewart LA. Chemotherapy in adult high grade glioma:a systematic review and meta—analysis of individual patient data from 12 randomised trials. Lancet 2002;359(9311):1011—1018.
6) Stupp R, Mason WP, van den Bent MJ, et al. European Organisation for Research and Treatment of Cancer Brain Tumor and Radiotherapy Groups;National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group. Radiotherapy plus concomitant and adjuvant temozolomide for glioblastoma. N Engl J Med. 2005;352(10):987—996.
7) Curran WJ Jr, Scott CB, Horton J, et al. Recursive partitioning analysis of prognostic factors in three Radiation Therapy Oncology Group malignant glioma trials. J Natl Cancer Inst. 1993;85(9):704—710.
8) Li J, Wang M, Won M, et al. Validation and simplification of the Radiation Therapy Oncology Group recursive partitioning analysis classification for glioblastoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2011;81(3):623—630
9) Esteller M, Garcia—Foncillas J, Andion E, et al. Inactivation of the DNA—repair gene MGMT and the clinical response of gliomas to alkylating agents. N Engl J Med. 2000;343(19):1350—1354.
10) Hegi ME, Diserens AC, Gorlia T, et al. MGMT gene silencing and benefit from temozolomide in glio-blastoma. N Engl J Med. 2005;352(10):997—1003.
11) Rivera AL, Pelloski CE, Gilbert MR, et al. MGMT promoter methylation is predictive of response to radiotherapy and prognostic in the absence of adjuvant alkylating chemotherapy for glioblastoma. Neuro Oncol. 2010;12(2):116—121.
12) Phillips HS, Kharbanda S, Chen R, et al. Molecular subclasses of high—grade glioma predict prognosis, delineate a pattern of disease progression, and resemble stages in neurogenesis. Cancer Cell. 2006;9(3):157—173.
13) Noushmehr H, Weisenberger DJ, Diefes K, et al. Cancer Genome Atlas Research Network. Identifica-tion of a CpG island methylator phenotype that defines a distinct subgroup of glioma. Cancer Cell. 2010;17(5):510—522.

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