(Ⅳ)推奨
3. 薬物療法:CQ4
  3.1 サマリー
CQ4:非急性症候性または無症候性(増大あり)のSEGAに対して,外科的切除の対象とならない場合に mTOR阻害薬投与は有用か?
推奨:非急性症候性または無症候性(増大あり)のSEGAに対して,外科的切除の対象とならない場合に mTOR阻害薬の投与を提案する。(2C
  3.2 解説
  (1)CQの設定
 SEGAを治療するためのmTOR阻害薬による薬物療法については近年,多くの論文が刊行されてきた。非急性症候性または無症候性(増大あり)のSEGAは,全摘出できれば治癒が期待できる。そこで,薬物療法の適応となるのは外科的切除の対象とならない場合(多発性あるいは浸潤性の腫瘍,腫瘍が摘出不能部位にある,全身合併症により心・肺・腎機能に重度の障害がある,術後の残存腫瘍あるいは再発で複雑化した病態にある,患者が手術を拒否した場合など)である。下記のようなクリニカルクエスチョンとアウトカムを作成した。
 CQ:非急性症候性または無症候性(増大あり)のSEGAに対して,外科的切除の対象とならない場合に mTOR阻害薬投与は有用か?
    アウトカム: 1)腫瘍体積の縮小(50%以上)
2)副作用(全てのグレード,グレード3~4)
  (2)推奨の解説
 結節性硬化症の原因遺伝子としてTSC2(1993年),TSC1(1997年)が同定されたことを契機として結節性硬化症の病態解明が急速に進んだ。両遺伝子のタンパク産物は複合体を形成し,mammalian(またはmechanistic)target of rapamycin(mTOR)信号伝達系の中流に位置し,この系を抑制的に制御する。結節性硬化症の主たる病態はmTOR系下流の異常な活性亢進であること,また結節性硬化症に伴うSEGAや腎血管筋脂肪腫(AML)では体細胞変異などの機序によりmTOR活性がさらに高まっていることが解明された。これらの知見にもとづき,結節性硬化症に伴う腫瘍の治療としてmTOR阻害薬による化学療法が始められた。mTOR阻害薬にはラパマイシン(シロリムス)とその誘導体であるエベロリムス,テムシロリムスなど(ラパログと総称される)がある。これらの薬物は,薬物代謝上の若干の違いはあるものの,薬効や副作用はほとんど変わらない。はじめ臓器移植後の免疫抑制薬として開発されたが,のちに悪性・良性腫瘍に対する抗腫瘍薬,ステント血栓症予防薬として応用が広がった。
 結節性硬化症に伴うSEGAを治療するためのmTOR阻害薬としては,シロリムスが2006年から,エベロリムスが2010年から報告され始めた。関連する論文は数十に及ぶものの,その中で多数の症例を集積しエビデンスの基盤となりうる研究は5論文(うちRCT 1論文1),症例集積4論文2-5))と僅少であった。
 mTOR阻害薬の益(効果)に関わるアウトカムとして,無イベント生存率(EFS)延長や生活の質(QOL)向上に関する有用な情報はこれらの研究には乏しく,腫瘍サイズ減少が事実上唯一の指標であった。mTOR阻害薬の投与を6カ月~3年にわたって続けた後に32~56%の患者で50%以上の腫瘍体積縮小が観察されたことから1-5),エビデンスとしてはまだ弱いながらも,mTOR阻害薬の腫瘍縮小効果は確実と考えられた。ただし,本研究における薬物用量は,本邦における用量と異なる点がシステマティックレビューにおいて非直接性のバイアスとして指摘されている。大多数の患者の臨床経過として,投与開始後3カ月後には腫瘍が縮小し,投与を続ける限り3年程度はその効果が持続する。しかし腫瘍が消失することはない。また投薬を中止するとその後に腫瘍が再び増大することが報告されていた。なお,3年を超える長期間にわたって薬物療法を継続する必要があるのか,継続した際に効果は持続するのかについては,いまだ知見がなかった。また治療開始の基準,手術療法との優劣,術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)に関する研究もなかった。mTOR阻害薬内服は全身療法であるため,SEGA以外の結節性硬化症症状(顔面血管線維腫,腎血管筋脂肪腫,てんかん,自閉症ほか)に対する副次的効果も期待されるが,これについての記載もきわめて乏しかった。
 mTOR阻害薬の害(有害事象)に関しては口内炎,感染症など多彩な副作用が記載されていたが,グレード3~4の重大な副作用の頻度は高くなく,概ね忍容可能と判断されていた。口内炎ないし口腔内潰瘍は大多数の患者(およそ80%)に見られる副作用である。投与開始直後の数カ月に多く,それを過ぎると減る傾向があるとされる。感染症も高頻度に見られ,胃腸炎,肺炎,上気道炎,中耳炎,結膜炎などが記載されていた2-5)。その多くは軽症で,mTOR阻害薬との因果関係も明瞭でない。しかし少数ながら重篤な肺炎,敗血症や肝炎の報告も散見される。月経異常(無月経など),皮疹(痤瘡ないし痤瘡様発疹),血液検査異常(コレステロール,トリグリセリドの高値)はそれぞれ10%以上に見られた2-5)。またmTOR阻害薬投与に際しては,低頻度だが重篤となりやすい間質性肺疾患への注意が求められる。なお,小児の成長発達,将来の生殖能力などを含めた長期的な問題については,いまだ知見がきわめて乏しい。
 以上より,現段階でmTOR阻害薬による薬物療法については,益が害を上回り,推奨に値する治療オプションの一つである。しかし長期的な益と害に関する知見が不足しており,今後さらなる研究が必要と考えられた。
 推奨の決定は,委員全員の投票により行われたが,7割以上の賛成で原案の推奨文が可決された。
  3.3 システマティックレビュー結果
   このクリニカルクエスチョンに答えるために,下記検索式にて2015年11月に文献検索を行った。
 
# 検索式 文献数
#1 "subependymal giant cell"[All Fields] 402
#2 astrocytoma/drug therapy[mesh] 7,754
#3 Tuberous sclerosis/drug therapy[mesh] 566
#4 #2 or #3 82,865
#5 #1 AND #4 58
   この58論文から一次スクリーニングで32論文を選んで集め,システマティックレビューを行い,まず構造化抄録を作成した。
 これらの論文中,多数の症例を集積しエビデンスの基盤となりうる研究は僅少であり,二次スクリーニング後には5論文(RCT 11),症例集積42-5))しか残らなかった。
 これらの論文ではmTOR阻害薬投与を6月~3年続けた後に32~56%の症例で50%以上の腫瘍体積縮小が観察されたことから,エビデンスとしては弱いながらも,mTOR阻害薬の益(腫瘍縮小効果)は確実と考えられた。ただし3年を超える長期間,薬物療法を継続する必要があるのか,継続した際に効果は持続するのかについては,いまだ知見がない現状である。
 mTOR阻害薬の害(有害事象)に関しては口腔内潰瘍,感染症など多彩な副作用が記載されているが,グレード3〜4の重大な副作用の頻度は高くなく,概ね忍容可能と判断された。ただし小児の成長発達,将来の生殖能力などを含めた長期的な問題については十分な知見が得られていない。
 また薬価が非常に高価であり,治療期間が長い年月にわたるため,患者または行政にかかる費用負担が大きいことも問題となりうる。
 以上より,現段階でmTOR阻害薬による薬物療法については,益が害を上回り,推奨に値する治療オプションの一つと考えられるが,長期的な益と害に関する知見が不足しており,今後さらなる研究が必要と考えられた。
3.4 引用文献
1) Franz DN, Belousova E, Sparagana S, et al. Efficacy and safety of everolimus for subependymal giant cell astrocytomas associated with tuberous sclerosis complex (EXIST-1): a multicentre, randomised, placebo-controlled phase 3 trial. Lancet. 2013; 381(9861): 125-32.
[PMID: 23158522]
2) Franz DN, Leonard J, Tudor C, et al. Rapamycin causes regression of astrocytomas in tuberous sclerosis complex. Ann Neurol. 2006; 59(3): 490-8.
[PMID: 16453317]
3) Krueger DA, Care MM, Holland K, et al. Everolimus for subependymal giant-cell astrocytomas in tuberous sclerosis. N Engl J Med. 2010; 363(19): 1801-11.
[PMID: 21047224]
4) Krueger DA, Care MM, Agricola K, et al. Everolimus long-term safety and efficacy in subependymal giant cell astrocytoma. Neurology. 2013; 80(6): 574-80.
[PMID: 23325902]
5) Franz DN, Belousova E, Sparagana S, et al. Everolimus for subependymal giant cell astrocytoma in patients with tuberous sclerosis complex: 2-year open-label extension of the randomised EXIST-1 study. Lancet Oncol. 2014; 15(13): 1513-20.
[PMID: 25456370]

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